こうしてテーリの通信機につけられた盗聴器が外された。当局は逆探知だけでなく盗聴されていることもさまざまなデータを計測し遠隔で知ることができる。盗聴されていると向こうが判断すると通信は切断されてしまう。
「当局は電話の音声から周辺を立体映像に起こすことさえできます。話者の近くにだれかいれば、必ず気付かれます」
「そんなことが可能なの?」
「さすがに隣の部屋にいれば壁があることくらいしかわからないとは思いますが……」
4階以下には常時大勢いるので、ヴィオレットは5階の書斎を彼女のために用意しその隣の部屋で彼女の通信を聞くことにした。
テーリは通信で言った。
「報告が遅れました。いまヴィオレット邸にいます」
《無事か?》
通信相手の声を、ヴィオレットは増幅器で拡大して聞いていた。
「ええ、でも、すこし妙な話になっています」
《具体的に話してみろ》
「資金洗浄はイギリスの犯罪組織によるもので、ルビーとローズというふたり組の女性がその実行犯です。ヴィオレットさんは犯罪組織に脅迫され見て見ぬふりをしていた。それ以上のことはまだわかっていません」
《どこが妙なんだ?》
「……ヴィオレットさんはルビーとローズの逮捕に協力する代わりに当局にヴィオレットの園の保護を要請しています」
《保護? ばか言うな、他国の事業をどう保護しろと言うんだ》
「当局からイギリスの犯罪組織に警告するだけで効果はあると思います」
《それなら可能ではあるな。考えてみよう》
「……それと、ヴィオレットさんは当局がそれが可能なだけの力のある組織なのだということを証明することを要求しています」
《なぜ当局がそれに応じなければならない》
「応じなければルビーとローズの逮捕には協力してくれないでしょう」
《……ニュースを見ろと伝えろ》
通信は終了した。
テーリの話をこっそり聞いていたヴィオレットは急いでホワイトアース・ジャーナルのニュースを見た。
ニュースに緊急テロップが表示されていた。
《FBIがイギリスで組織犯罪の資金洗浄が横行していると指摘。明日にでも国際刑事警察機構を通じてイギリスに対策を要請する見通し》
ヴィオレットはホワイトアース・ジャーナル以外の局も念のため閲覧した。彼女が通信していた相手がNSAではなくホワイトアース・ジャーナルだったという可能性もある。
しかしどの局でも同じテロップが流れており、ホワイトアース・ジャーナル一社の意向でできることではない。明らかに情報操作が行われていた。
それを見てヴィオレットは満足気味に言った。
「ありがとう。NSA……かどうかはまだ半信半疑ではあるけれど、これほどの情報操作が即座にできるほどの組織が味方になってくれれば、私としても安心して営業できるわ。それよりマリ、さっきルビーとローズが園に入ってきたの。それと彼女らが園にくるのは今月はこれが最後よ」
「今月はこれが最後!? ってことは、証拠を押さえるのは今日を逃せば来月……!」
「そう、急ぎなさい。マヤ、メイドたちには彼女の邪魔はしないよう伝えておきなさい」
「承知いたしました」
テーリはいつも時間がないのはそういう星のもとに生まれたのか泣きながら館の階段を駆け下りた。ヴィオレットの館にはエレベーターもなかったのだ。
ヴィオレットとマヤの根回しで彼女はだいぶ楽に動け、録音も撮影も許可された。
ルビーとローズはやけに遠回しな表現で指定された金の在処を見つけるのに苦労した。地図や写真ではなく文章での指定で、組織の人間にしかわからない暗号文を使っていた。
「こんな方法で指定するの、意味あるのかなぁ」
ローズが思わず愚痴を言った。
「たとえこの文章が流出しても簡単にはわかりません。ヴィオレットの園ってかなり広いですし」
「そんなこと言ったってなあ」
「100万ポンドも埋まってるんですから慎重なことに越したことはないですよ!」
テーリはフィルムカメラを持ち録音しつつふたりを尾行していた。ふたりが訓練された人間ではなく雇われの素人であることがテーリには簡単にわかった。
かれらがああでもないこうでもないと探しまわっているうちに日が暮れつつあり、彼女はすこしうんざりしつつも粘り強く待った。
そしてついにふたりが埋められた100万ポンドを見つけ、思わず中身を確認して現金が見えたその瞬間、テーリはシャッターを切った。
彼女は録音と写真を当局に送信。
当局は彼女の証拠を現地警察に流し、その結果捜査が開始された。
ルビーとローズはすみやかに逮捕されたが、背後には依然として巨大な犯罪組織の姿があった。しかしルビーとローズの逮捕の裏にNSAが関与していることを察知した組織はヴィオレットの園は当局の保護下にあると判断し、以後、園には手出しをしなくなった。
当然ヴィオレットにも疑いの目は向いた。ゴースト・メイデンの秘密は守り通したが、園内で犯罪捜査が行われた事実はヴィオレットの園の営業に少なからず影響した。しかし園の規模から考えて誤差のようなものだった。