さて、一方この園のメイド長のマヤは回収した金属類を調査していた。ほとんどは単に電話やカメラであやしいものではない。だが念のため彼女は調べていた。
ひとつひとつ手作業でアナライザで調べていたため、なにか外部と通信しているものがあればすぐにわかる。ただし携帯電話でも電源がオフになっていれば当然、反応しない。
彼女はある物品を見て違和感を感じた。
(イヤホン……?)
その奥で紅茶を飲みながら彼女の仕事ぶりを見ている少女がいた。
彼女はマヤが一瞬だけ手を止めてなにかを見つめていることを瞬時に察知した。
「マヤ、どうかしたの?」
小柄でショートヘアの少女。
透き通った空色の髪が窓から射し込む日光できらりと光っていた。
メイドばかりのこの園で、メイド服ではなくドレスを着ている少女。
マヤは答えた。
「いえ、お嬢さま、なんでも……」
お嬢さまと呼ばれた少女はティーカップをお皿に置き、席を立って彼女のそばへ。
彼女はマヤの後ろから肩に触れた。
するとマヤは反射的にイヤホンを机に置き、作業を停止しその場に跪く。
少女は首を垂れるマヤのあごに手を伸ばし、見上げさせた。
身長はマヤのほうが高い。そんな彼女を小さな少女がいじわるそうに見下ろしていた。
「すこしでもなにかに気づいたら知らせる約束よ」
「もっ、申し訳ありません!」
「このイヤホンがなにかあやしいと思ったのね?」
彼女はさきほどまでマヤが調べていたイヤホンを見る。
「あやしいとまでは……アナライザにも反応しませんでした」
「マヤの直観は信頼しているわ。あら、スイッチがある。押してみましょう」
「お嬢さま! 万が一のことがあれば危険です!」
彼女は躊躇せずそのスイッチを押した。
するとアナライザがビープ音鳴らし反応した。
(逆探知して)
少女はアイコンタクトと唇の動きだけでそう伝えた。
万が一の場合に備え逆探知の用意はあったが、マヤは慌てていた。
彼女が逆探知を試みた瞬間、通信は向こうから切断された。同時にアナライザのビープ音も停止し、マヤはほっと一息ついた。
「イヤホン型の通信装置でしょうか」
「そうね。それ自体は珍しくはないけど逆探知を試みた瞬間切断した。ふつうなら逆探知されていることにも気づかない」
マヤはその一瞬の逆探知の結果を伝えた。
「北アメリカ大陸と一瞬だけコネクションが張られていました」
「アメリカ、ね。これはなにかあるわね」
そんなかれらのことはつゆ知らず、テーリは仕事も忘れてついに園の中心の館で紅茶を嗜みこのヴィクトリア朝の体験にどっぷり浸かって楽しんでいた。
ヴィオレットの館は園の中心に位置する喫茶店でメニューは割高だが、高級なテーブルや椅子、清潔で真っ白な壁、木製の赤みがかった鮮やかな柱、3階まで吹き抜けになった天井とシャンデリアのような照明、プロのピアニストが弾く音楽、果てはティーポットに至るまで細部まで凝られており淑やかなメイドが壁際に立って注文を静かに待っていて、その体験はちょっとくらい紅茶が割高でもぜんぜん損した気分にさせないものだった。
館は内部だけではなく、庭も凝ったものだった。館の正面のテラスには、傘つきで純白のテーブルセットがいくつも並べられていて、螺旋階段から行ける2階のバルコニーでも食事が楽しめた。3階はヴィオレットの園全体が見渡すことができ、個室のみの提供で、有料だが特別な雰囲気が楽しめる場所だった。館は5階建てで4階以上は従業員以外立入禁止だった。
(メイドさんばっかりなのに女性客が多いのはこの素敵な雰囲気があるからだと思う!)
彼女はそこでの体験に満足していた。
そのとき、彼女のテーブルにいきなり少女が腰かけた。
「ごめんなさい」
その後ろにはメイド長のマヤが立っていて、強い警戒心でテーリを睨んでいた。
テーリはいきなりのことで混乱したが、合席した少女がマヤより偉い立場にあると推察されたので、彼女はたずねた。
「ヴィオレット……さん?」
「ええ、そうよ。よくわかったわね」
「だってマヤさんが後ろにいるから……」
「そうじゃないでしょ」
彼女は件のイヤホンを見せた。
「貴女がスパイだっていうのはわかってるのよ」
テーリはそれを聞いてぞっとした。
(うそ……)
しかし彼女は瞬時に推理した。
(いや、確信があるなら有無を言わさず強引に拘束すればいいだけ。なぜ彼女がそうせずぼくに質問してるのか、考えろ)
彼女は一瞬で結論に達し、知らぬ存ぜぬを貫くことにした。
「なんのことですか?」
「ふざけないで! 冗談で言ってるわけじゃないのよ。一見なんの変哲もないイヤホンに見えるけど通信機ね。どこのだれにここのことを報告していたの?」
彼女は念のため偽造IDを用意していた。
「ホワイトアース・ジャーナルのハセガワ・マリです。極秘の取材でした。すみません」
彼女は内心冷や汗をかいていた。
(ヴィオレットさんがどこまで掴んでいるかはわからない。でもなにもかもわかっているならぼくを尋問する必要はないはず。これはポーカーだ。はったりでなんとかなる)
ヴィオレットはたしかに彼女がホワイトアース・ジャーナルの記者だとしても、辻褄は通ると感じた。
しかし彼女はまだ疑っている点があった。
(彼女の持ち物にフィルムカメラがあった。記者ならデジタルカメラを使う。フィルムを使うのは警察くらいだ。彼女は記者じゃない)
「単刀直入に聞くわ。貴女はスパイよね?」
「いいえ」
「じゃあ、私のこと知ってる?」
テーリはきょとんとした。その質問の意味がわからなかった。
「ヴィオレットさんでしょ。この館のあるじの……」
ヴィオレットには彼女の言葉がうそには見えなかったが、それでも疑っていた。
(もし彼女が私をスパイしているのだとすれば、私がゴースト・メイデンだということをわかっていなければおかしい。いや、それとも私がゴースト・メイデンだと知らずに別の理由でここにきている? ルビーとローズのほうをスパイしている? だとすれば慌てて彼女を消す必要はない)
彼女は納得し、たずねた。
「ホワイトアース・ジャーナルのハセガワさん。ヴィオレットの園へようこそ。そういうことにしておくわ。じゃあ、なんのために極秘の取材をしにきたのかしら」
「そりゃあ、ヴィオレットの園は秘密主義で公式サイト以上の情報が見つからない。それって損だと思いませんか? もっとたくさん宣伝すればお客さんもたくさんくる。だから実際のところここがどれだけすばらしい場所なのかを報道するために……」
ヴィオレットはため息をついた。
「うちのやり方に口を挟まないで頂戴」
「そうですね、すみません」
「で、貴女の評価は?」
ヴィオレットは実のところどう思われているのかが知りたくてうずうずしていた。
テーリは今度は本心を話した。
「こっ、ここはほんとにすばらしい場所だと思います! ぜひまたきたいです!」
いきなり身を乗り出してきた彼女にヴィオレットは驚き半分うれし半分だった。
彼女はひとつ咳をした。
「じゃあ、ここはひとつ、貴女がスパイでないと信じることにする。どうかしら。うちで働いてみない? 貴女、見込みがあると思うわ」
「えっ、それってホワイトアース・ジャーナルを辞めてってことですか……?」
「まずは副業でも構わないわ。メイドとして雇いたいの」
それはヴィオレットの策略だった。
(もしこの女がスパイだとしてもそうでないとしても秘密でなにかを探りにきている奴をこのまま逃がすわけにはいかない。彼女をこちらに抱き込む必要がある。そして普通ならこんな提案、乗ってこない。彼女が乗ってくればそれは彼女がこちらのなにかを探ろうという魂胆があるということだ)
テーリもその言葉の意図を探りつつ、この提案に乗るのが得かどうか考えていた。
(ぼくを迎え入れて監視下に置こうというわけ? この園ではなんらかの取引が行われている。ふたりの女性とヴィオレットさんがグルなのか調べなければ! もしここで頷けばかれらに監視されることになる。けど、逆にぼくも従業員以外立入禁止の場所を見ることができるようになる。ここは提案に乗って潜入すべきだ……)
彼女は答えた。
「いいでしょう。ぼくもここは素敵なところだと思っていたところです。ぜひ!」
こうしてふたりは握手した。