二年後、地球からおよそ一光年の位置で分析中、スヴェトラーナは不可解な現象を発見した。
「どうしたの?」
ジェイコブが彼女にたずねた。彼女がいつになく黙り込んで計算していたからだ。
「……」
スヴェトラーナはなにも答えずに、鉛筆で計算を続けていた。
「なにかおもしろいものでも見つけた?」
「いえ、おかしいのよ。計算結果があわない」
「ふむ」
「もしこの式が正しいとすれば、時空のかたちが……つまり」
「見せて」
ジェイコブは彼女のきれいな字のノートを読んだ。
「空間に穴が開いてるってこと?」
「いえ、アナロジーで説明するなら地球のプレートみたいに、空間自体がプレートみたいになっていて、空間がぐいぐいと沈んでいく場所があるの」
「どういう意味」
「つまり……空間の『泡』みたいなものがある。いえ、正確に言うならここが古典的な地球の世界観の『世界の果て』というべきもの。待って、くる!」
そのとき船がぐわん、と揺れる。
「渦に飲み込まれてるわ! 早く!」
「な、なに。計器はまっすぐ進んでる」
「ちがう。『湾曲した空間をまっすぐ進んでる』の! ここが空間の泡と泡の中間なの」
「ブラックホールとか、そういうものを示す反応はこのあたりにはない」
「ブラックホールが『空間のなかにぽっかりできた穴』とすればいま目のまえにあるものは『空間同士のひずみにできた渦』よ! 地球から観測できる物理法則は、わずか一光年でしか通用しない、井の中のようなものだったんだわ。この先の空間にはまったくべつの物理法則で成り立つ空間が広がっている。計器を捨ててマニュアル操作で進むしかない。早く!」