数日後、アルゴノート号は月軌道を周回していた。アルゴノート号の最高速度では月の重力を振り切ってしまう。月軌道上を周回するには速度を落とすしかない。
アルゴノート号の船内は重力を除き大気などは地球上とほぼ同じ環境に保たれている。船外活動のためのぴっちりとした宇宙服はあるものの、アルゴノート号内でふたりは私服だった。
そのあいだ、ジェイコブは泣きじゃくるスヴェトラーナをなだめることで大変だった。
「きみは論理的なんだか感情的なんだか」
「二者択一の性質ではないわ」
「もうすこしで結婚式場だよ」
「でも……」
「なにか?」
「これでほんとうによかったのかわからない」
「……物理的には、まだ引き返せる距離ではあるよ」
「それも、嫌」
「どうして?」
「……わからない」
「先に進むのもあとに戻るのも難しい決断だ。引き返せるときに引き返すことにも覚悟がいる。勇気っていうのは、挑むことだけではないからね」
「……わたしは、このあとどうすればいいのかしら」
「長官」
ジェイコブは中継先の長官にたずねた。
「ミッションを中止することは可能でしょうか」
長官は答える。
《それがふたりの望みであるならば》
「ぼくは問題ありません。でも、彼女の意志を無視したくはない」
《どうだ?》
スヴェトラーナは自分に聞かれていると感じ、答える。
「……すみません。ただすこし不安になっていただけです。わたしはわたしの仕事をします」
ふたりは月軌道で式を挙げることとなった。
式と言っても簡素なものだ。身体の姿勢を変えるのも大変なので、お互いに手を重ね、言葉を交わした。
「病めるときも健やかなるときも」
「愛し、敬い、慈しむことを誓います」
ふたりは大きな銀世界をまえにしながら、誓いのキスを交わした。