ふたりは急遽婚約し、指輪を選び、お互いの両親に挨拶して数ヶ月間同棲し、お互いの相性を確かめあった。
打ち上げまでの最後の一週間は、ふたりにとって地球で過ごす最後の、一生忘れることのできない夢のような期間だった。
そして、打ち上げ当日。
アルゴノート号にふたりは搭乗した。
スヴェトラーナは柔らかいシートに背中を預けた。
「訓練で何度も座っているとはいえ実物は不安だったけど、思ったよりは悪くないわね」
「そりゃあこれから八年もこれに座ったまま過ごすんだからね。鬱血したりしないよう、安全や乗り心地にはじゅうぶん配慮されている。シートを倒せば横にもなれる」
「……へ、変なことしないでよ」
「変なこと?」
「ふたりきりだからって、ここの状況は常に本部に中継されているんですからね!」
船は酸素や水分、食料をできるだけ循環できるように設計されているが完璧ではない。船の循環だけでは徐々に汚染が進み、おおよそ一〇年で生命の維持に支障をきたす計算。ふたりは惑星の最初の二年で自給自足の体制を整えねばならなかった。
アルゴノート号は最初に月軌道を周回し、ふたりはそこで式を挙げる予定だった。
「どうして月軌道で結婚式を?」
ジェイコブはたずねた。スヴェトラーナの提案だったのだ。
「どうせだったら」
「意外とロマンチックなところがあるんだね」
「役得よ」
ジェイコブはアルゴノート号のコンピュータに軌道を入力した。その軌道を自動操縦で移動するのだ。しかし軌道の入力までを自動で行ってくれるわけではない。
その手際を見て、スヴェトラーナは柄にもなく惚れ惚れしてしまった。
「訓練のときにも見ていたものの、実際に見るとやっぱり」
「なに?」
「いえ……ただ、かっこいいなって思っただけ」
《では時間だ。ふたりとも準備はいいか?》
「はい」
ジェイコブは彼女の婚約者としてのおちゃらけた態度からうってかわって、宇宙飛行士としてのきりっとした声で答えた。
「問題ありません」
スヴェトラーナも仕事の受け答えはまじめだ。
《カウントするぞ。ファイブ、フォー……》
ふたりの顔に緊張が走る。
《……スリー、ツー……》
スヴェトラーナの全身がこわばる。
震える彼女の手に、ジェイコブの手が重ねられた。
最後のカウントとともに、アルゴノート号は宇宙へと打ち上げられた。
スヴェトラーナの仕事は主に分析だ。最初はジェイコブの手際をただ見つめるだけ。
「ロケット第一弾、切り離します」
多段式ロケットの最初のひとつの燃料がなくなり、推進力を失い切り離される。
地球の重力というものはすさまじい力がある。何段ものロケットの燃料をすべて使い、やっと脱出することができるのだ。
「第二弾、切り離します」
スヴェトラーナはそのあいだ、あっという間に離れる大地を見てどこか哀愁を感じた。
(地球……次にあの大地を踏むとき、わたしはもう若くないんだろうな)
彼女はそこでいろいろな感情が湧きだし、彼女の目じりから涙があふれていた。
(英語を学んでロシアから留学してきて、こんなに急にいろいろなことが起こって。人生のすべての時間をこの仕事に捧げる決断をして、わたしはほんとうに幸せなのかな)