ある日、スヴェトラーナは真剣に計算していた。
「……つまり、わたしたちが出発した八年後に地球で実際にアルゴノート二二号が打ち上げられたとするならば、あの『空間の泡』に到達するまで一〇年。このときわたしたちはこの惑星でおよそ地球の時間にして二年、主観時間にしておよそ三ヶ月活動していた。二二号が到着するまで『この恒星系の時間で』九ヶ月、『太陽系の時間で』六年。つまりこの恒星系の時間で、わたしたちが上陸してから一年後に二二号がこなければおかしいことになる」
何度も式を確かめては涙を浮かべる彼女の肩を、ジェイコブは抱いて慰めていた。
「だからって見捨てられたとは言えないさ。宇宙探査は難しい。単純に失敗したのかも」
「確かめるすべがないわ。通信に往復で八年。こっちの時間でさえ、答えを得るまで一年もかかるのよ。そのあいだに地球ではまた八年経過している」
「もう質問は送った。あと一年は頑張ろう」
「嫌よ。わたしが老いるのは耐えられる。でもいまさら帰ったところで、知っているひとがだれもいなくなってしまっていると思うと、帰りたいきもちにもあまりなれないの」
「人生でどこかに帰るなんてことはない。変化は一方通行なんだ。帰るってことは、地理的に戻る一方で未来に進むってことでもある。同じ時空に戻ることはできない」
「……そうね」
「もともとのミッションは八年の計画だった。ぼくたちはもう、主観時間はどうあれ二四年もここで過ごしている。地球の法律的にはじゅうぶんな仕事はこなした。二〇号までの無人探査機が帰還用のロケットの部品を用意してくれているし、一回分の燃料もあるから帰ろうと思えば帰ることはできる」
「いまから帰ったら、わたしたちが出発した四〇年後の世界かな」
「そうだね。友達はみんなおじいちゃんおばあちゃんだ。でもきっと生きてる」
「……でも、まだすべきことがあるのよ。無人探査機で帰還用の再使用ロケットの部品を運んでここで組み立てるというのは、半世紀近くもの時間と全世界のひとたちが一生懸命働いて支えられている途方もない予算をかけてやっとふたりが往復することができるだけの部品が用意できたのよ。でも燃料がないの。わたしたちの最後の仕事はこの惑星に帰還用のロケットに積む燃料の採掘場をつくること。それをしないと二二号の船員は、たとえここに到達してもロケットの燃料が足りなくて重力を脱出することができないわ。わたしの私利私欲でたった一回分の燃料を使うことはできないのよ」
「でも最低でも五年はかかる。あと五年ここで続けたらたとえ帰ったとしても地球はもう八〇年後だ」
「……報われないわ」