二一世紀初頭、地球からおよそ四光年離れた恒星系に地球によく似た地球型惑星が発見され、いくどもの探査が試みられた。二一世紀後半に光速の五〇パーセントで航行可能な太陽帆船アルゴノート号が開発され、およそ八年の航海で到達が可能になる。ついに有人探査が計画されたのだ。

 アルゴノート一号から二〇号までは無人での探査が実施された。アルゴノート二一号はふたりから三人乗りの小さな船で、船室はふたりなら余裕があるが、三人だと身じろぎも厳しいほどの広さしかなかった。またリング状の太陽帆は船体よりもはるかに大きなもので、ほとんどの重量をその推進部が占めていた。

「行きに八年、惑星で八年、帰りに八年。実に二四年にも及ぶミッションだ。きみたちにアルゴノート二一号に搭乗し、セカンドアース計画初の有人探査に従事してもらいたい。すでにいくつものロボットを送ってテラフォーミングは順調に進行中で、惑星には植物が生い茂り理論上惑星表面は人間が特別な装備なしに活動しても支障がないほど地球環境に近い状態にある。しかし種子を蒔けば自然と育つ植物に比べ、都市の建設にはどうしても現地で活動する人間の手が必要だ。きみたちにはそういった住環境の基礎的なインフラを整えてもらいたい。きみたちが開発したインフラを、今後の計画では八年おきに有人探査を計画し、かれらが整備し今後の開拓に活用する」

 NASA長官が宇宙飛行士のふたりに説明した。

 任命されたのはふたりの優秀な宇宙飛行士。アメリカのジェイコブ、二二歳。ロシアのスヴェトラーナ、二一歳。ジェイコブはパイロットで、スヴェトラーナは科学者だった。

「八年ものあいだこの男とあの狭い船室でふたりきりでいろと?」

 スヴェトラーナが長官に説明を求めた。訓練で引き締まった肉体と、動きやすい程度の短さに揃えられた薄い色素のウルフヘア。髪の色は自然光に大きく左右されるほどよく光を通し反射する透明感のあるもので、太陽光には金色に、電灯には銀色になって応える。

「きみが分析をして、ぼくが操縦をする。合理的な分担じゃないか」

 ジェイコブもまたがっしりとした体つきで、温厚でありつつも頼りになる。内面だけでなく外見にも気を遣う優等生。赤毛にパーマでくせをつけている。彼女よりも運動は得意だが、かれもまた基本的には科学者で、理論的な話は彼女に一歩譲るものの基礎的な素養は平均をはるかに凌駕していた。

「操縦なんて機械でもできるわ。わたしは未知の現象を知りたいのよ」

「分析もおおむねコンピュータがしてくれる。そのコンピュータでもできないことをぼくたちがするわけだ」

「操縦は機械に任せて、わたしひとりのほうが効率的よ」

 ふたりは犬猿の仲だった。

 ふたりを見て、長官はひとつ咳払いをした。

「ともかく今回のミッションは過去に類を見ない異例のものだ。二四年もの航海をともにすることは生涯をともにすると言っても過言ではない。トラブルが発生すれば生死にさえ容易に直結する。それを単に『仕事だから』と割り切って従うことは、とくに若いふたりには難しいだろう。そこで……」

「そこで?」

 スヴェトラーナはぴりぴりしていた。

「そこでだな、科学者としては少々気が咎める発言ではあるのだが、ここは伝統に則り、神聖な儀式に頼ろうではないか。ミッションを開始するまえにふたりの挙式を準備する。つまりふたりには、結婚してもらいたい」

 スヴェトラーナの脳脊髄に電流が走った。

「けっ、結婚!? いまここで!?

「式場は手配する」

「そうじゃなくて、こいつと!?

 指をさされたジェイコブは肩をすくめた。

「病めるときも健やかなるときも。二四年もの有人宇宙探査なんて、それくらいの心意気でないと身がもたないよ」

「ふたりが両想いだということは周囲の者から見れば明らかな事実だ」

 長官のさらっとした発言。

 スヴェトラーナは真っ赤になっていた。