ミアとヴェリティはサンディエゴのホテルで数泊、ともに過ごして計画を練った。
ミアが連邦捜査官であることはすでにヴェリティには知られていた。しかしヴェリティはそれを気にもとめず、どういうわけかミアが協力するという前提ですべての話を進めていた。
「……それでね、クイーン・オブ・ダイアモンドを載せた船はそろそろウラジオストクを出港し、予定では……」
地図のうえを指差して計画を説明するヴェリティにミアはあわてて手を振って止めた。
「ちょ、ちょ、待ってください。あたしが連邦捜査官だって、わかってるんですよね」
「ええ」
「どうして、こうもぺらぺらと」
「え? だってあなた、わたしに協力してくれるんでしょ?」
「そんなこと言ってません! しませんよっ!」
ヴェリティはあごに手をあて困った顔をした。
「うーん……となると、ほかのひとをあたったほうがいいかな」
その言葉にミアはどきりとした。言葉のあやだということはわかっているものの、彼女にとってはこの捜査の担当をはずされてしまうと出世の道が遠のいてしまう。
「まあ、話くらいは聞きますよ」
「やったっ! でね……」
ミアはこうも淡々と話すヴェリティに、うまく言えないがおかしなものを感じていた。
平然としているがどうにも本気に思えない。遊び半分にやっているという感じ。まるでポーカーフェイスだ。
そもそもクイーン・オブ・ダイアモンドを盗むことに成功したとして、それをどう換金するのだろうか。盗品の換金というのは想像よりもずっと難しい。とくにこれほど高価なものとなればなおさらだ。
どうにもミアには、彼女の真意がクイーン・オブ・ダイアモンドを盗むことにはない、というような違和感を覚え始めていた。
ちょうど近日、ミアはオークションの関連で聞いたことを思いだしていた。
(チェン・スーシューというかたがオークションに出席して……)
ミアはもし、ヴェリティとチェンが裏で繋がっているとすれば、換金の方法に関してはある程度納得のいく説明が与えられると考えた。
そこでミアはヴェリティに揺さぶりをかけることにした。
「バレーさん、チェン・スーシューというかたはご存じですか」
ヴェリティはあっけらかんと答えた。
「もちろん。有名人じゃない。知らないほうがおかしいわ」
「じゃあ、彼女が今年オークションに出席することは?」
「ええ、知っているわ」
ミアが連邦捜査官だということは、すでに知られている。そのうえでこの対応。なにか裏があるのかもしれないし、ないのかもしれない。
いずれにせよ多少は捜査に関係することを口にしたとしても、そう軽々と尻尾を巻いて逃げられるということはないだろう。
そこでミアは疑問を率直にたずねることにした。
「……バレーさん、あなたのほんとうに目的を教えてくださいませんか」
ヴェリティはポーカーフェイスを崩さずに即答した。
「なんのこと?」
「どうしてクイーン・オブ・ダイアモンドを盗もうと考えているのか、ということです。ひょっとして……」
ミアがそれからしばらく黙していたので、ヴェリティは復唱してたずねかえした。
「ひょっとして……なにかしら」
ミアはいろいろ考えていたが、まず、ヴェリティの機嫌を損ねにくいであろう線で質問した。
「あたしは、ずっとクイーン・オブ・ダイアモンドを盗みただそれを換金しようと考えているのだと思っていました。でも……たとえばチェンさんとなにか関係があることなら、べつの可能性もあると思ったんです」
ヴェリティはなにも答えず黙って聞いていた。
こういうことは躍起になったほうが負けなのだ。
彼女はただ黙して、ミアの言葉の続きを待った。
「たとえば、です。チェン・スーシューというかたは、その出自からしていろいろと黒いうわさが絶えません。あなたの目的がチェンさんの企てを阻止することにあるとか……」
ヴェリティは唇の端をもちあげた。
「……いえ、ごめんなさい。いろいろ想像で話してしまって……」
「いいのよ。それに、中らずと雖も遠からず、ってとこだしね」
ミアはすこしほっと胸をなでおろした。
「クイーン・オブ・ダイアモンドを狙っているのはほんと。でも、それを換金しようとは思ってないのよ。海賊航路って知ってる?」
ミアはぎょっとした。ここでその言葉を耳にするとは思っていなかったからだ。
「チェンは海賊航路を利用して資金洗浄をしようとしているわ。FBIに所属してるっていうなら、聞いたことはない?」
ミアはこくこくとうなずいた。
「小耳にはさんだ程度ですが」
「新人なら仕方ないけどね、世のなか複雑なのよ。シルバー・バレットの悪名はもう世間に知れ渡っているし、それは仕方ないところもあると思う。でもね、ほんとに悪いやつはもっとたくさんいるの。わたしは海賊航路の正体に迫りたいのよ。そしてそのためには……資金が移動するまさにその瞬間に立ち会うしか方法はないの」
ミアはどきりとした。これまでの自信が半壊し、おのれの浅はかさのようなものを思い知らされてしまったと感じたのだ。
(……シルバー・バレットは、ひょっとして悪いやつじゃないのかな……)
もしシルバー・バレットが義賊的な存在だとすれば、ミアにはそれを摘発することが必ずしも正しいことなのかどうか、自信が持てなくなりつつあった。
その大きな理由のひとつは、海賊航路というつい先日まで彼女が知らなかったことを、このシルバー・バレット本人と思しきヴェリティ・バレーという女性がごく自然に、さも常識のように、さらりと口にしたことも手伝っていた。
すくなくとも裏の世界に関する知識量に圧倒的に差があるということは、認めざるを得なかった。