ヴェリティとの初対面から翌週、ミアは飛行機で、バージニア州の連邦捜査局本部へと戻った。
「捜査は順調です。正体を知られることなく、シルバー・バレットの懐に近づきました」
半分はうその報告。
彼女は学生のころから周囲に陥れられたりして不利な立場にならないために、行動原理の深い部分に自然とうそをつく虚言癖がしみついていることを否定できなかったし、この捜査においては、ある思惑がそういった彼女の行動傾向を助長していた。
シルバー・バレットというのは、FBIが謎の怪盗につけた暗号名だ。そういった何者かが存在することは確かだが、いまだに正体が掴めずにいる。ちょうど半年ほどまえに、そのシルバー・バレットに関する情報が寄せられ、ミアは末席とはいえ、その捜査の一端を任せられたのだ。
すぐにミアは独力でシルバー・バレットを見つけ連絡をとることに成功したが、彼女のある思惑のために、彼女は本部に、シルバー・バレットに脅されているとかいろいろ理由をつけて、知っていることの半分も報告しなかった。とくにヴェリティの居場所だけは、ぜったいに答えることはなかった。実際それはヴェリティの指示によるものもあったが、それだけではないこともたしかだった。
ミアは実力には自信があったが、まだ新人だ。また彼女の眼にはFBIはなんだかんだで古い慣習を引きずっている前時代的な組織に見えていて、彼女がFBIで昇進するには勤勉に何年も働くか、もしくは、よほどの大手柄を立てなければならないだろうと考えていた。
もし知らせれば本部の協力が得られ、捜査自体は順調に進むかもしれない。しかしミアはまだ新人で、大物相手には不適当ということで、捜査から外されるかもしれない。
よって彼女のみがシルバー・バレットの居場所を知っているという状況をつくり、彼女が継続的に捜査を担当することで、手柄を挙げる機会を虎視眈々とうかがっていたのだ。
「シルバー・バレットと考えられている人物は、いまカリフォルニア州にいます。ただし本人なのか、ただの関係者なのか、そもそもシルバー・バレットとほんとうに関係があるのかさえ、客観的にそうだと言える証拠はありません。いま捕まえたとしても、せいぜい証拠不十分で無罪放免が関の山でしょう」
長官はミアの熱心にも思える報告に耳を傾けていた。
「シルバー・バレットは〝危うきに近寄らず〟を地で行く人物です。ぜったいに負けないという確信をするまで挑まない、そういう狡猾さがあります。もし、ちょっとでもFBIに動きが見られれば、すぐに尻尾を巻いて逃げてしまうでしょう。うさぎを捕まえるときのように脅かさないよう慎重に近づかなければなりません。いまカリフォルニア州にいるからといって短絡的にカリフォルニア州の捜査網を強化することはおすすめできません。シルバー・バレットにはすぐに気づかれてしまうでしょう。確かな証拠を挙げるためにはシルバー・バレットの予告状にあるように、犯行が実行されたその瞬間に現行犯逮捕するしかありません」
長官はシルバー・バレットの捜査に関するミアの行動傾向に不信感を抱いていた。彼女がなにか隠し事をしたり、うそをついていることが複数の捜査結果の矛盾点や彼女自身の端々の言動から見えつつあったからだ。
一方で証拠もなしに頭ごなしに命令することもできない。長官はミアに質問した。
「予告状にはクイーン・オブ・ダイアモンドを『頂戴する』とは書かれているが、いつ、どこでとまでは書かれていないな。ウェストンくん、きみはシルバー・バレットに協力者として近づいたはずだ。そういった情報は聞きだせたかね」
ミアは冷静に答えた。
「はい。現在の計画では、クイーン・オブ・ダイアモンドの輸送中の襲撃を検討しているようです。輸送船は今夏にもウラジオストクを出港し、ロングビーチに入港してから鉄道経由でラスベガスに向かう予定です。この鉄道にシルバー・バレットは罠を張ろうとしています。よって、これをシアトルあるいはポートランドを経由するように経路を変更することで、シルバー・バレットの襲撃を回避できる可能性があります」
「なるほど。具体的にはどういった罠を仕掛けているのかは、わかるかね」
「そこまではわかりません。ただ、過去の事例を見るに、そう容易に想像できるものではないと考えたほうがよいかと考えます」
シルバー・バレットの手口は通常では考えられないほど大胆なものが多い。鉄道の襲撃のみならず、たとえそれが太平洋の海上の孤島だとしても、油断はできなかった。