一八八五年、ロンドン。ヴィクトリア朝のこの時代、イギリスはジャポニスムの全盛期だった。日本の開国や文明開化とともにそれまで謎に満ちていた日本の文化や芸術が西欧にもたらされたのだ。

 ウェストミンスターの開業医、ドクター・リバーズのひとり娘アリス・リバーズは、ナイツブリッジで開催された日本の文化を展示するイベント、ジャパニーズ・ヴィレッジで『ミカド』というオペレッタを観て、日本文化に強い関心を抱くようになった。

「お父さん、わたし、日本に行ってみたいの。日本文化を学んで作品に活かすのよ!」

 アリスはさっそくドクター・リバーズに相談した。彼女は戯曲家を目指していた。

 彼女は足元まで届くほど長いふわふわの赤毛と、くりくりとしたかわいらしい緑色の目をもつ小柄な少女だった。いつも仰々しいドレスを着ていて、走るときはスカートを両手でつまんでとてとてと走るのだ。

 ドクター・リバーズは騎士の爵位をもっているがサーではなくドクターと呼ばれることを好んだ。かれは医師としても優秀で、明治政府の高官にもつてのある人物だった。

「日本語は話せるのかい」

「勉強するわ! 見て! もう五〇文字も覚えたんだから! 五十音って言うのよ!」

 アリスはこのとき一三歳だった。

「それじゃあ日本に行ってもなにも読めないだろうねえ」

「甘く見ないで!」

「要するに日本文化を知りたいんだろう? ちょうど日本の友人に、ロンドンに留学生を寄越すからかれらの宿舎をつくろってくれないかと頼まれている。よければルームメイトにいろいろ教わりなさい」

「ル、ルームメイト? わたしの部屋にってこと?」

「客人をメイドの部屋に案内するのも失礼だろう。だめかな?」

「いっ、いいけどっ! でも、その……」

 アリスはいろいろと想像を膨らませていた。

(急展開よ! 日本からの留学生!? どんなひとなんだろう。もしもかっこいい男の子がきちゃったらどうしよう!)

 彼女は想像力だけは人一倍あったのだ。