「なんだかあと味が悪くなっちゃったわね」
一年後の夏、アリスはいろいろと経験したり取材したことをもとに戯曲を書いていた。
「もっと明るい話にしたいわ」
「経験したことを忠実に書けばそうなりますよ」
実理はアドバイスした。
「結局人生なんて、なにかが終わるというのはふつう、よくないことがほとんどです」
「いい終わり方なんて所詮幻想なのかしらね」
「よい終わりというのは、同時によい始まりでもあるんです。始まりに繋がらない終わりは当然、悪い終わりです」
「はあ」
「逆に言えば最後まで書かずに、よい始まりを想起させるものがよい終わりでもあるのかもしれませんね」
「そうなのかなあ。じゃあどこで区切ればいいのかしら」
「よくあるのは、戦いに勝って即位して終わりとか、恋がかなって結婚して終わりとかじゃないでしょうか。その先の内政や結婚生活はつらいものかもしれませんが物語の終幕としては悪くないと思います」
「なるほどなあ。じゃあこういうのはどうだろう。日本からの留学生のミノリが、イギリスの邪悪な竜を薙刀と長弓で退治して、女王陛下に騎士の爵位を賜る物語」
「わたしの名前を使われるのはちょっと恥ずかしいですけど、素直でオーソドックスなお話でいいですね。でもどうしてミノリさんは竜と戦うんですか?」
「えー、その」
「たとえば、お姫さまがさらわれたとか……」
「それよ! 最初の公演のときはぜひ! あなたを主演にお迎えするわ!」
実理はアリスの戯曲の主役を演じた。それから彼女の留学は最初の予定からだいぶ伸び一〇年以上の月日が流れる。
一九〇〇年(明治三三年)、水無川実理、二八歳。
彼女はいま、東京女子師範学校で英語を教えていた。
「先生!」
「水無川先生!」
彼女の生徒が、彼女によい知らせをもってきた。
「アメリカのボストンからのお手紙です」
「ボストンから?」
「ええ。リバーズさんってかたから!」
それは彼女の旧友のアリスからの手紙だった。彼女はいま、アメリカで映画の制作に熱心になっているということだ。彼女はエジソンをはじめとしたアメリカの発明家たちの活動に惚れこみ、いまアメリカで映写機を入手して、映画というものをつくろうとしているのだ。
「なんて書いてあるんですか?」
生徒のひとりが質問した。
「……映画を撮影したいけど役者が足りないからアメリカにきてくれないか、だそうです」
「映画!? 映画ってなんですか!?」
「説明が難しいですね。要するに舞台に出演してくれ、ってことです」
「すごい」
「すごーい」
生徒たちは声をあわせた。
「先生って以前もそういうことをしていらっしゃったんですか?」
「ええ、若い頃にすこしだけ」
「へー」
「意外!」
「そうでしょうか」
「そのご縁なんですか?」
「ええ、まあ」
「そのリバーズさんって、どんなかたなんですか?」
「……そうですね。とにかくよくも悪くも、夢を追いかけてがむしゃらに動きまわって、ひとを振り回して迷惑をかけて、そしてすごくいいものをつくる、尊敬できる親友です」
(終)