ホワイトチャペルの殺人は九月にも繰り返され、アリスと実理は新聞を読んだり捜査陣に質問したりしたものの、捜査が難航していたことで得られたものはあまりなかった。
それらの一連の殺人事件が同一犯によるものなのか模倣犯によるものなのか、それさえ不明なまま時間ばかりが経過した。かれは通称『レザー・エプロン』と呼ばれていた。革のエプロンの切れ端らしきものが犯行現場で見つかったからだ。とはいえ、それを犯人とむすびつける証拠はなにもなかった。
しかし手がかりがひとつだけあった。それは犯人の署名が入った予告状だ。消印の日付を比較すると、すくなくともそれが殺人犯本人が書いたものであることは確実だった。
署名には、『切り裂きジャック』とあった。
それによってすくなくとも『切り裂きジャック』と名乗る殺人犯がふたりの娼婦を殺害したことは確かめられた。その一方、ほかの被害者との関係は依然として不明なままだ。
もちろんそれによって頭を悩ませたのは主にスコットランドヤードの面々で、アリスと実理はあくまで興味本位で事件を調べているだけで、捜査に責任を負う立場でもなく日々新聞で目にする事件を見ては、コナン・ドイルの新作についての意見を交わすだけ。
「アリス、ア・スタディ・イン・スカーレットって読みました?」
「ええ。ドイル先生の推理小説でしょう?」
「タイムリーですよね。こんな時期にこんな事件が起こって。新作はきっと、ホームズと切り裂きジャックの対決に違いありません」
アリスは不愉快な顔をした。
「……それはないと思うわ」
「どうしてですか?」
「まず、現に起きて犠牲者がでている事件を題材にするなんて不謹慎じゃない」
「そうですね」
「わたしだってこれほどの事件が起きていたら参考にしたいと思うわ。でも、それまで。なにかを参考にすることと、それを題材にすることのあいだには大きな壁があるのよ」