バレー公に指示され、ジュリアンはホワイトチャペルで、初めて自分自身を含めだれかを救うためではなく仕事として、かれ自身の利益のために無関係な者を殺めるという経験をした。
「う……」
ジュリアンはそのあまりの生々しさに息をのんだ。
かれは衝動的で、ひとを殺めることは初めてではなかった。しかしそれでもかれを侮辱したり、かれの友人を凌辱しただれかに復讐するためといったあくまで自己防衛的な衝動に基づいてしたことであって、それに対して後悔を感じたことはなかった。
そのかれが、初めて貴族に金を積まれてなんの罪もない女性を殺害したのだ。
(おれは、どうしてこのひとを殺したのか)
かれの葛藤は行為の是非ではなく、その理由にあった。かれ自身は被害者と利害関係になかった。かれは自分自身の行為を正当化する理由がないことを理解してしまったのだ。
バレー公の依頼は英王室ゆかりのある人物と懇意にある五人の娼婦の殺害だった。それが明るみになればスキャンダルになって、そうとうな大騒動になる。彼女らはその事実で英王室にゆすりをかけており、バレー公に目をつけられたのだ。
ジュリアンの友人のメアリーは、住む場所のないかれのために寝床を用意し、最近一緒に暮らしていた。彼女にはジョセフという恋人がいたが優しい女性で住む場所のない友人を泊めることもままあった。
そんななか夜な夜なジュリアンが行方不明になることをメアリーは不審に思った。またその時間帯にはほとんど必ず娼婦の殺人事件が発生しそのたびかれの蓄えが増えている。彼女はかれの行為に察しがつき、友人として、かれに最後の忠告をした。
「ジュリアン、もしあなたが……いえ、もし貴族になにか依頼されてのことなら、やめるべきよ。依頼主があなたを生かしておくと思う?」
かれは答えた。
「うるさい。こうでもしないと、おれは一生……」
「お金持ちになりたいきもちはみんな一緒よ。でも正しいやり方をとらないといけない。おいしい話なんてない。それだけ危険がつきものなのよ。あなた……消されるわよ」