ところかわってロンドン、イーストエンド。犯罪がはびこり窃盗が繰り返され殺人さえ珍しいことではないロンドンでもっとも危険な貧民街。英王室ゆかりのバレー公は労働者階級に扮装し馬車に乗ってお忍びでこの地区を訪れ獲物を探していた。
敵意に満ちた目をぎらりと光らせる銀色の髪の少年がひとり、人目を避けるよう路地裏の、暗くてじめじめと湿っぽい陰湿な場所で壁にもたれ、うなだれていた。
「起きろ」
バレー公は馬車のうえから、長い杖で少年の頭を小突き、あごをもちあげさせた。
「なんだ」
少年の髪は生まれてこのかた一度も切ったことがないと思わせるほど長かった。かれは理髪店で髪を整えるお金さえないのだ。
その目は敵意に満ちていて、餌さえ与えればいまにも飛びつかんばかりに飢えており、その風貌も相まって狼のような荒々しさがあった。
「……いい目をしているな。洗えばすこしは使えそうだ」
「なんの話だ」
「名乗れ」
「おっさん、聞くならまずそっちから……ぐ」
バレー公は杖でかれの腹を突いた。
「名乗れ」
少年は頭に血がのぼり、足元に散らばるガラスの破片をひとつとると、馬車に飛び乗りバレー公ののどを狙った。
しかし、非行少年と正規の訓練を積んでいる貴族では格が違う。
バレー公は杖でかれの手首を軽く小突き、その手を止めさせた。
「殺人衝動だな。これまでに何人殺した?」
「ぐ……」
少年はそれ以上先に進まない手首をひっこめ、馬車から飛び降りて距離をとった。
「なんの用だ。サツか?」
「そうではない。むしろおまえを雇いたい。有望だ。名乗れ」
「……ジュリアン」
「なるほど。ではこれからはジュリアと名乗れ」
「それは女の名前だ」
「そう。おまえにはこれから女になってもらうからな」