メアリーが去ったあと、アリスは実理に黙って、こっそり彼女のことを調べていた。もし彼女が『切り裂きジャック』と繋がりのある人間ならば、彼女のことを調べることでなにか手がかりが掴めるかもしれない。実理に知らせなかったのはこんな危険なことに、これ以上彼女を巻き込みたくなかったからだ。

 アリスはメアリーがイーストエンドの娼婦であることを突きとめ、夜な夜な彼女のあとをつけていた。

 メアリーはアリスの尾行に気付いていた。それでよかったのだ。

(かれは暴走している。これ以上犠牲を増やさないためにもかれを捕まえなければ。そしてそれがかれのためにもなる。そのためには証拠が必要。もしわたしが失敗しても……)

 メアリーは急遽恋人に別れを告げた。これから起こることにかれを巻き込まないためだ。

「ジョセフ、悪いけどまた新しい恋をしたの。あなたとはお別れよ」

 もともと彼女は恋多き女性で、それ自体は彼女の人生では珍しいことではなかった。

 アリスは一週間ほどメアリーのあとをつけていた。


 メアリーはジュリアンに話をもちかけた。

 ジュリアンはバレー公からの指示で、娼婦に化けてジュリアと名乗って活動していた。もともと娼婦が多い場所だったのでそうすることであやしまれずに行動できるし、捜査の目をくらませることもできる。かれは声も顔立ちも中性的だったこともあり、それは幸か不幸かうまくいった。

 メアリーとジュリアンは宿をとり同じ部屋でベッドに腰かけ、彼女はかれをなだめた。

「ジュリア、いえジュリアン、もう仕事は終わったのでしょう?」

「ああ」

 金のために五人の娼婦を殺害した少年の目は、曇っていた。

「自首すべきよ」

「なぜだ」

「貴族からあなたの身を守るためよ。あなたは貴族の正体を知っている」

「……自首したとこで、おれが裁かれるだけだ」

「もう仕方ない。これはとりかえしのつかないことなのよ。あなたはもう選ぶしかない。貴族に消されるのを待つか、自首して、警察に保護され生きて裁かれるのを待つか」

「……嫌だ。選べない」

「あなたは悪いことをしたのよ。理由がなんであれね」

「おれが逃げたら、どうする」

「どうすると思う?」

「通報するか」

「ええ」

「……だったら」

 かれはナイフに手をかけた。

「だったら、どうする? わたしを殺す?」

「……」

 かれはナイフから手を離した。

 ジュリアンは葛藤していた。彼女は依頼されたターゲットでも、憎い相手でもない。

 彼女は友人だった。

「友達だからあなたのことを想ってのことなのよ」

「おれを想って、通報するっていうのか」

「そうよ。でないとずっと、その罪の意識に苛まれて生きることになる。貴族にも警察にも追われて周りがみんな敵に思えて人生で休まることなんて、もう未来永劫ないわ。それでもいいの?」

「……それしかない。そして、そのためには」